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京都西京区へ出かけました。西京極で用事を済ませます。


西京極 桂 周辺のこと  2007年3月17日

京都の西部に出かけました。いつも行くのは国道一号経由か、国道170号経由か
いずれかでいずれにしても時間はさほど差はありません。

西京極の周辺は五条大通りの両側にはいろいろなものがあります。

北西のほうの松尾大社は酒造の神様を祭っています。
五条大通りのすぐ北の通りにはお蚕さんを祭ったお社があります。

西院の東南方は幕末のころ新選組が本拠を置いた(壬生寺)壬生の町が続きます。

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         ( 西京極の地域 経路 )

桂ー西京極題


           ( 松尾大社 )

松尾大社4

ここには、毎年12月、1月に駅伝(高校男女、都道府県実業団対抗など)
が開かれる西京極競技場があります。野球場もある広い競技場です。

それに駅伝の放送を聞いていると五条通り、西大路通りなどこの地域の
陸上交通の道順がそのまま出てきます。

仕事の関係でこの辺は来る回数も多いです。
いつもは国道一号から、東寺の西側を線路のガードをくぐって七条通り、五条通り
と来ることが多いですが、京都市中央卸売市場、五条通りにはイオン
また、大手電機部品メーカロームなど古い街並みに最先端の会社も点在します。

ちなみに、この周辺は、日本電産、村田製作所、京セラなど高層の本社相当の
ビルが多いです。

ここ桂から山陰道が山の中へとつながっています。ここからほんの少しで険しい
森の中に山陰道が伸びているさまは神秘的ですが、山陰道には縁がなくて
その先へは行っていません。


桂から少し南に下がり洛西口の西方向に笹塚古墳遺跡があります。
周囲 50mほどの山があり、玄室に通ずる通路が施錠されて解放されており、
遺跡の説明が立て看板でしてあります。

近代的な住宅街の中に、古い遺跡を保護し守っている様子がよく伝わります。

   ( 車塚古墳 )

車塚古墳2


    ( 帰り道 山陰道から 国道170号に )
桂ー西京極題



*** 車塚古墳の説明  ***************************
横穴式石室をもつ6世紀中頃の前方後円墳で緑地公園として整備されている。
向日丘陵の古墳時代前期のものが南北方向に規則的に築かれているのに対して、
物集女車塚古墳は丘陵から伸びる尾根を利用してほぼ東西方向に築かれている。
当時のままに復元された石室内は、棺の納められている玄室部分をライトアップしている。
史跡乙訓古墳群。

2018/06/30 - 古墳時代後期(6世紀中頃)の前方後円墳です。
 淳和天皇(840年没)の棺を運んだ車を納めた地という伝承が、
「車塚」の名の由来とされています。
全長約46メートル、後円部が直径約24から32メートル、高さ9メートル
、前方部が長さ約18メートルです。
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